建設現場を見上げたとき、最も高い場所でひらりと身を翻し、鉄骨の間を歩く影が見えるはずだ。それが、我々「鳶職(とびしょく)」だ。 「現場の花形」とも呼ばれるこの仕事だが、その華やかさの裏には、文字通り命を懸けた過酷な現実がある。
今回は、これから建設業界を目指そうとしている君へ、鳶職の「本当のきつさ」と、それを乗り越えた者だけが手にできる「最高の報酬」について正直に伝えたい。
1. 「高いところは、怖くない」なんて嘘だ
よく「鳶になる人は高所恐怖症じゃないんでしょ?」と聞かれる。だが、答えはノーだ。 地上30メートル、50メートル。足場板一枚、あるいは細い鉄骨一本の上。そこには、常に死の気配がつきまとう。強風が吹けば体は煽られ、下を見れば足がすくむ。恐怖を感じない人間などいない。
しかし、プロの鳶は、その「恐怖」を「安全」へと変換する。 「怖い」からこそ、命綱(フルハーネス)の点検をミリ単位で怠らない。恐怖心を捨て、慢心した瞬間に事故は起きる。高所の怖さを知っている人間こそが、現場を支える資格があるのだ。
2. 自分が怪我をするより、何倍も「きつい」こと
鳶の世界で最も叩き込まれるのは、自分自身の安全以上に、「他人の命に対する責任」だ。
高所作業において、工具一つ、ボルト一個を下に落とすことは、絶対に許されない。もし、数十メートルの高さから落とした物が、下にいる仲間の職人や、通りがかりの一般の方に当たったらどうなるか。 自分が怪我をするのは、自分の不注意だ。痛い思いをするのも自分だ。だが、他人に怪我をさせてしまったら、その人の人生、そしてその家族の幸せまで一瞬で奪ってしまうことになる。
「自分が痛い思いをするより、他人に怪我をさせることの方が、何倍も、何十倍も辛い」
この重圧こそが、鳶職が背負う本当の「きつさ」だ。 自分が組んだ足場の固定が甘ければ、次にそこを通る仲間が落ちるかもしれない。その恐怖と責任を常に胸に刻み、プロとして完璧な仕事を全うする。鳶職の「かっこよさ」とは、単に高いところに登ることではなく、この巨大な責任を背負い切る精神力の強さにある。
3. 現場に飛び交う怒号。その「音」に込められた意味
現場では、時として激しい怒号が飛び交う。「何やってんだ!」「殺す気か!」――。 初めて現場に来た人間は、その剣幕に圧倒されるだろう。しかし、その怒鳴り声は、誰かが取り返しのつかない過ちを犯し、誰かの人生を終わらせてしまうのを防ぐための「必死の叫び」だ。
「あとで優しく教えよう」では間に合わない世界がある。一瞬の油断が誰かの命を奪う現場だからこそ、先輩たちは心を鬼にして叫ぶ。 怒鳴られた直後は悔しいだろう。だが、その厳しさは、君を加害者にも被害者にもさせないための、職人としての深い愛情なのだ。
4. 四季の洗礼。逃げ場のない「空の上」
鳶の仕事は、屋根のない「空」が職場だ。 夏は逃げ場のない直射日光にさらされ、冬は凍てつく強風に体温を奪われる。雨が降れば足元は滑り、一歩の重みが増す。 体力的にきついのは言うまでもないが、そんな過酷な状況下でも、決して集中力を切らさず「他人の安全」を守り抜かなければならない。それがプロだ。
5. 「きつい」を「絆」に変えるチームプレー
なぜ、これほど過酷で責任の重い働き続けられるのか。それは、鳶が「究極のチームプレー」だからだ。 一人のミスが仲間の命に直結するからこそ、信頼関係はどこよりも熱い。過酷な現場を共に乗り越え、無事に一日の作業を終えたとき、仲間と交わす言葉には、他では味わえない重みがある。
6. 誰もいない空に「道」を作る誇り
鳶の仕事は、現場で最初に行われ、最後に終わる。 何もなかった更地に乗り込み、他の職人たちが安全に歩くための「道」を空中に作る。そして、巨大なビルが完成したとき、最後に足場を解体して現場を去る。
「あのビルの、一番高いところ。俺が道を作ったんだ。誰一人怪我をさせずに、やり遂げたんだ」
その一言を家族や友人に、あるいは未来の自分に誇れること。巨大な責任を全うした者だけが味わえる達成感。これこそが、鳶職の真髄だ。
7. 未来の「若頭」たちへ
もし君が、「楽をして稼ぎたい」と思っているなら、鳶の道はやめておいたほうがいい。 だが、「責任ある仕事で、自分を磨き上げたい」「一生モノの仲間と、街の未来を作りたい」と願うなら、これほどやりがいのある仕事はない。
最初は誰だって素人だ。怒鳴られて、責任の重さに震える日もあるだろう。けれど、それを乗り越えた先には、地上数十メートルの絶景と、何物にも代えがたい「男の誇り」が待っている。
空を飛ぶことはできない。けれど、空を征服することはできる。 その景色を、俺たちと一緒に見に行かないか。
君の挑戦を、現場で待っている。


コメント